明日はテニスのゲームの発売です。
もろもろ やり込まなければなりません。
いろいろお世話になりました。
達者で暮らしてください!

っつーわけで、
けいすけ萌えも、もはや今日で終わりと思われます。
萌えのあるうちに、語りつくそう。

今日、本屋さんにちょっと寄ったんだわ。
家に帰ってきて思い出したが、マリみてを読みに行ったのに、
うっかり、音楽雑誌を読んでしまった私です。
なんかの雑誌にフラカン載ってたから、思わず読んでしまっていた。

うん…、インタビュー読んでいるうちに、
昔のイメージを引きずってるコトが、
ひどく申し訳ないコトのように思えてきたね。

別に、フラカンに対して、
チャラいイメージを持ってるワケではないのだが、
そういう過去を引きずってる世間を嫌ってるカンジがした。
でも、しょーがないじゃんねー。
確かに変わった部分ってあるし、
もうキャラ先行!みたいなトコロも、もうないし、
今のフラカンと、昔のフラカンは、そりゃ違うさ。

それは分かるんだが、変わっていないトコロもあるワケよ。
その変わってない核の部分を、
自分としては、昔から愛してると思ってるんだよ。

なんなんだろうね、この昔へのこだわりっつーのは。
ま、けいすけに限りらず、「昔」にこだわっちゃうんだよね、基本的に。

でも、こだわっちゃうでしょう?
だって、
けいすけ って何百回、ココロで唱えたと思う?
けいすけ って何十回、手紙で書いたと思う?
それを、いまさら、「圭介」って書けってのは無理な相談だろ?

しかし、昔ほど雑誌とか画像とかメディアにこだわらなくはなったな。
前なら、絶対、今日読んだ雑誌も買ってると思うもん。
そのあたりは、すっごいゆるくなってる。

その昔なら、自分の知らないけいすけがいるのがイヤだったから、
センスも毎回ビデオに録ってもらったし、
ラジオも東京の人に頼んで録ってもらったし、
雑誌も、あらゆる雑誌をチェックして、買った。
そーゆー欲は無くなったね、すっかり。

自分の知らない けいすけがどんなに存在しても、
自分が知ってるけいすけが、すごく大事だし、何より確実。

で、こんなけいすけ好きだけれども、さよならです。
日吉萌えにひた走ります。
ここの更新も、本の感想意外少なくなるの必至。
ゲーム日記書かなきゃいけないからさー。
では、アデューv

コメント